追悼の辞

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松本 紘

 長尾真先生,昨年の五月,先生は旅立たれました.

 今,私たちは悲しみこのうえなく,まことに残念でなりません.

 こんなにも早く,先生の追悼の辞を語ることになろうとは,思いもよりませんでした. 

 長尾先生は私よりも六学年年長ですが,振り返りますと,私が最初にお目に掛かるきっかけとなったのは,私が在籍していた前田研究室に先生が助教授として招かれて着任されたことでしたね.

 その後,私は長尾先生と同じく京大工学部に職を得ることができ,私は宇宙電波科学の分野に進みましたが,長尾先生は情報工学の分野で世界的に活躍され,数多くの優れた弟子をお育てになりました.

 京大教授をお務めになられた後,先生は,大型計算機センター長,第二十三代京大総長,国立大学協会会長,情報通信研究機構理事長,国立国会図書館長,文化功労者,そして第七代国際高等研究所長などを歴任されました.私も京大教授を経て,第二十五代京大総長,理化学研究所理事長,第八代国際高等研究所長と,長尾先生の歩かれた人生と似た道のりを歩むこととなりましたことは,誠に有り難く光栄なことと思っています.

 長尾先生との思い出の中で,私が一番嬉しく思ったことは,私が三十代の頃,アメリカ留学時代に,長尾先生が私のアパートを探し出してレンタカーで訪ねていただけたことです.多くの後輩の中から私を覚えていて下さり,私を訪ねて来ていただけたことが大変嬉しいこととして,今でも思い出されます.

 また,長尾先生は,総長時代に数々の新機軸を立てられました.京大がUCLAと共同で当時としては珍しかったオンライン講義を実現されたことは,非常に先進的な取り組みであったと思います.私も先生の依頼を受けてUCLA生と京大生を相手にオンライン講義をさせていただいたことが昨日の出来事のように思い出されます.

 さらに長尾先生は,京大総長として,工学部及び大学院工学研究科の一部を桂に移設させる桂キャンパスプロジェクトにご尽力され,京大の発展に大きく貢献されました.

 長尾先生のご業績については,改めてご紹介するまでもありませんが,私たちが今日,この高度な情報化社会で便利に暮らせていることに鑑みますと,やはり長尾先生のご業績に触れざるを得ません.

 情報通信技術の中でも特に自然言語処理,画像処理・パターン認識の分野において,世界に先駆けた研究に取り組まれ,今日の自動翻訳やAIに繋がる大変重要な要素技術の原理を開発されたことは強調しすぎることはありません.

 これらのご業績により,日本国際賞やレジオンドヌール勲章,さらには文化勲章などの世界的な素晴らしい評価に繋がったことは,私たち後輩の者としましても,大変誇らしいことです.

 さらには,長尾先生は,ご専門分野を越えて,文科系研究者の方々とともに,新たな学問分野として「情報学」の構築を構想され,その礎を築かれました.今日の情報学の発展に大きく貢献されましたことは,文理融合の学際的な取り組みの重要性を自ら証明されたことになると思います.

 最後になりますが,長尾先生はゴルフを大変好まれ,京大全体のコンペや工学部有志のコンペで私もご一緒させていただきました.奥様ともご一緒にゴルフを楽しまれ,まさに文武両道の研究者として私たち後輩に範をたれていただきました.

 誰にでも公平無私に接する先生の態度や,いつも人を惹きつけ強い信念と情熱の大切さを示していただきましたことを今思い出しています.

 長尾先生,どうか天国から私達後輩やご家族を見守ってくださいますようお願いいたしまして,私の弔辞とさせていただきます.